流石に土下座の参拝は見たことありません。/裏最強土下座 板垣恵介

裏最強土下座 板垣恵介

以前建仁寺のご住職のお話を聴く機会があり、お寺で仏様に参拝するのと、神社へお詣りすることの違いをご説明されておられました。

仏様は人々の悩みを聞くのがお好きなようで、手を合わせ頭を下げ自分自身の悩みを打ち明けるものだという。なのでお寺に参拝した際には心が晴れるまで愚痴を言ったら良いと言うことなのでしょう。

一方神社にお詣りした際、大体の方は何かをお願いされてはいないだろうか?私もずっと勘違いをしておりました。

神社では「こうして欲しい」ではなく、「自分はこうなる」という宣言をするものだとおっしゃってました。

とすると、絵馬も同様「⚪︎⚪︎高校に合格しますように」ではなく「⚪︎⚪︎高校に合格する」とかかねばならないと言うことになる。

そのご住職のお話につきましては、様々な見解もおありかとは思いますが、本書で触れているお参りをする気持ちの面については私も賛同できる。

本書では、「参拝した神社の厳かなムードに触発され、本人も知らないうちに、成就をイメージを抱くことに成功する場合もあるだろう。」

とあるように、お詣りすればそれだけ自身のやるべきことを、頭で具現化できるのかも知れないし、そういう気持ちを持つこと自体に重要性を感じる。

本書では、感謝や謝罪という感情を土下座と言う分かりやすい態度で示すことよりも、その行為に至った内面が大切であると教えていただける。

そういう意味では私はまだまだ神社へ心から参拝できていないかもしれません。

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